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ねぎとろ丼

ねぎとろ丼

忘れていた家族

 まだ少し肌寒い初春。いつぞやの異変は起こらず、例年通りの春がやって来る。花が咲き始め、蟲が出始める時期。
 冬眠する妖怪共は眠い目を擦って活動しはじめ、里の人間達も仕事に精を出す頃。
 とはいえ、私博麗霊夢は朝焼けの時間が過ぎても布団の中にいる。春眠暁を覚えずというもの。
 折角暖かくなったのだから、布団の中でそれを堪能したいというもの。
 かといって寝坊するのも気が引けるだろうと悩み、結局体を起こす。大きな口を開けて、精一杯のあくび。
 顔を洗い、髪を整えて朝食。里の農婦に譲ってもらった穀物をかじり、食欲を誤魔化す。
 味気ない食事ではあるが、朝は簡単なもので済ませたいものだ。
 昨日は山の神社と合同で春先を祝い、新芽が萌えるよう祈る儀式を執り行った。
 豊穣の姉妹神をたたき起こし、作物の安全を約束させて無事儀式は終わった。それが終われば大宴会。
 人も人でないものも酒を入れてどんちゃん騒ぎ。
 山の巫女は酒に慣れてないせいか、顔を赤くしてすぐに倒れてしまった。
 早苗が酔えばどうなるのか期待していただけに、おもしろくなかった。いや、どちらかといえば笑えたけど。
 そのせいか、今日は体調が悪い。少し頭痛もする。今日は掃除も控えめに、ごろごろ寝転がって過ごすことにしよう。
 やかんの水を沸騰させてお茶でも飲もうと思い、火を点けたところで誰かがやってきた気配を感じる。
「もしもし。誰かおらんかね~?」
 それは年の食った野太い男の声だった。
 こんな朝早くからご苦労な人間も居るものねーと心の中で呟きながらも、玄関の方へ行くと一匹の亀が居た。
「おお! お久しゅう御座います!」
 その亀は宙に浮いており、人の言葉を話すことのできるものだった。
 私が空を飛べなかった頃こき使い、異変解決の役に立ってもらった亀。いや、玄爺であった。
「どうかされましたか、霊夢殿! 少し格好や顔が変わっておりますが、随分凛々しく成長されましたなあ!」
「誰、あんた」
「え……。もしや、爺の顔を忘れたと?」
「ふふ、冗談よ。久しぶりね、爺」
 こんな軽い冗談を真に受けるなんて、可笑しな爺だ。しかし呼んでやると爺の顔は綻び、笑い泣きとなった。
「暫く会っていないものだから、本当に顔を忘れてしまったかと……」
「まあまあ、立ち話もなんだから上がっていきなさいよ」
「それではお言葉に甘えて」
 淹れたてのお茶を玄爺に出してやり、私も一緒にお茶を楽しむ。
 座布団に乗っかり、お茶を啜る亀という構図は奇妙なものだが、その姿にはどこか懐かしさを感じた。
「それにしても、本当に久しぶりね。投げっぱなしにしていて、妖怪に食べられたのかと思ってたわ」
「え、縁起でもない! 勘弁してくだされ!」
「冗談に決まってるじゃない。いくら私でもそんなことになったりしたら、放っておけないわ」
「れ、霊夢殿……」
「それで、今日はどうしたの? 説教でもしに来たの?」
「いや、ずうっと住処で細々と暮してきましたが、全然顔を見せてくれないからこうして会いに来たまでですよ」
「ご苦労ねえ」
「いやいや、それにしても本当に立派な姿になられましたなあ!」
「そうかしら? 私は自由気ままに、妖怪を懲らしめて回っているだけなんだけど」
 玄爺は私と話していて、心底楽しげであった。爺はなんだかんだで、いつも私の心配をしていた。
 あの悪霊、魅魔との戦いにおいても、私に声をかけていた気がする。
 お昼時。私は炊いたご飯と汁を作り、爺には蒸かした芋を出した。
 爺の食事なんてもう忘れてしまったから、何でも構わないと思って。爺もそれで喜んでくれたから、良いのだろう。
 三時のお茶の時には私の武勇伝を聞かせた。
 爺は半信半疑であったが、亡霊の話や吸血鬼の話をすると納得した。何か知っているのだろうか。
 魔理沙の名前を出すと、爺は驚いた。そういえば魔理沙とは仲良くやっているが、爺はそのことを知らなかったのか。
 爺が知っている魔理沙は、魅魔の使いとしての魔理沙だった気がするから。
 咲夜の話や妖夢のこと、外から早苗という巫女がやって来たという話を聞かせると爺はおもしろがって聞いていた。
 そして時間は三時を大きく過ぎ、陽の沈む時間となった。
 縁側に腰かけ、二人して夕陽を眺める。
「いやしかし、霊夢殿が元気であって良かった。うむ、良かった」
「何じじ臭いこと言ってんのよ、爺。あ、じじいだった」
「その毒舌、何とかなりませんか」
「いや爺を悪く言うつもりは無いんだけど、つい」
「つい、じゃありません!」
「あははは、ごめんごめん。別に爺をからかってるつもりはないんだけどね……」
 私は普段魔理沙の悪口を言ったりはしていないと思う。しかし爺に対しては、包み隠さず本音をぶつけてしまう。
 気楽で、それでいて安心感があるからか、何の遠慮もしようと思わない。
 そして甘えたい自分がいるせいか、爺の前では普段より余計にだらけてしまう。
 爺はそのことで悪態をついてくるが、本気で言ったりはしない。
 爺も爺で冗談を織り交ぜて、私を和ませようとしてくれているに違いない。
 いや、もしかしたら本気で注意されているのかもしれないけど。
 だけど私は、そんな爺が好きだ。どこかで爺を気に入っている。
「霊夢殿。これからもあなたを取り巻くこの幻想郷で悪巧みをする者が現れましょう。ですが挫けずに、それらを打ち破るのですぞ」
「わかってるわよ。そもそも、負ける気なんてないわ」
「霊夢殿、修行は怠らぬように」
「してるわよ! その……時々」
「霊夢殿、毎日ご飯をしっかり食べるんですぞ。腹が減っては妖怪退治もできません」
「食べてるわよ。面倒くさいときは手軽なもので済ませてるけど……」
「霊夢殿、毎日境内は綺麗に掃除するんですぞ。サボりは関心しません」
「し、してるわよ! ただ今日は、その……昨日の疲れが残ってるからしんどくてやってないのよ……」
「霊夢殿、それから……」
「何よ! まだ説教があるって言うの!?」
「いえ、その……お達者で」
「……うん」
 玄爺は湯飲みを置き、ふわっと宙に浮いた。彼が憂いの表情で私をみつめるが、私がはにかんでみせると微笑んだ。
「では霊夢殿、爺はそろそろお暇します」
「ええ、また暇があればいらっしゃい。爺も、元気でね」
 手を振り、爺はどこかへ飛んで行った。私は伸びをして、夕食の用意をし始めた。
 爺はこの幻想郷のどこかで、堅苦しいことを言いながら暮しながら、私を見守っているのかもしれない。
 私にとっては余計なお世話だが、爺は私が心配で仕方がないからいつもどこかで見ているのかもしれない。
 爺は私の保護者のような者であり、家族の様なものだ。
 爺からすれば、私は娘のようなものなんだと思う。そうとしか思えないほど、小言がうるさいのだから。
 爺の言うとおり、これからも異変を起こそうと企む者達が出てくるだろう。
 しかし博麗の血を引く私は、それらを打ち倒さなければいけない。
 どれだけ苦しくとも、スペルカードを握り締めて立ち向かわなければいけない。
 私が守る里の者達に不幸なことがあっても、それを全て受け止めていかなければいけない。
 そうなったとき、周りにいる魔理沙や咲夜が手を差し伸べてくれるかもしれない。
 しかし彼女たちだって、私と同じだけの厳しい闘いを経験しているんだ。彼女たちだって、私と同じか弱い一人の人間に過ぎない。
 咲夜はあの吸血鬼を頼り、魔理沙は私に泣きついてくるかもしれない。
 もしそうなったら、私は誰に弱さをみせればいいのだろうか。爺が出てきて、私を慰めてくれるだろうか。
 私がどれだけ酷い愚痴を言っても、彼は聞いてくれるだろうか。
 きっと彼は私の甘えを受け止めてくれるだろう。爺は、家族のような存在なのだから。
 今夜はきっと、良い夢心地。

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